文明法則史学 [文明800年周期説] は、人類の文明史すべてを研究対象とし、古今東西の歴史が示す盛衰パターンの共通性を明らかにしようとする歴史学です

よくあるご質問

「なるほど」と思うが、世界中の一流の学者がどうして こんなことを発見できなかったの?
現在の学問の潮流は基本的に部分観です。西洋の学問が主流だからです。部分観が中心であるため、全体を捉える考え方が起こりにくい現状があります。
マルクスやトインビーがそれぞれ経済・文明について研究しましたが、いずれも文明法則史学でいうところの「社会秩序」の一部を説明しているに過ぎません。マルクスの資本論は社会秩序の経済システムについて述べたもの、トインビーが示した文明の興隆は社会秩序の政治システムについて述べたものと考えます。
部分観は学問の進歩の上で非常に意味がありますが、学際的な研究や物事を俯瞰する視点がなければ、全世界・全時代を対象とする文明法則史学の発想にたどり着かないのだと思います。
文明には本当に東西二系統しかないの?
私どもの研究では今のところ二系統しか存在しないという見解を持っております。

最も問題になるのは東西の接点にあたる地域ですが、ここには東西双方の特性を併せ持った文明が登場する場合のあることが確認されています。例えばオスマン=トルコ帝国SSは、文化的・社会心理的に東洋の文明サイクルの影響を色濃く受けていると同時に、爆発的に版図を広げた点において西洋の文明サイクルの影響を受けていると考えられます。つまり、境界領域には東西両文明サイクルの融合が起こるのみで、第三の文明サイクルは発生していないという訳です。

ただ「本当に二系統なのか」という問いに答えるためには、中南米をはじめとする諸地域の文明について今後一層の検討を加えていく必要のあることは承知しております。

東西文明の境界はどこ?
ウラル山脈~アルメニア~シリア~レバノン~パレスチナ~紅海あたりより以西及びハワイ諸島より以東を西洋文明とし、逆の地域を東洋文明と考えております。そのため、ペルシアなどイスラム地域は東洋文明、またロシアは首都モスクワが西洋文明地域であることから、西洋文明としております。
国境はさまざまな要因により変化していきますので、それに伴い東西文明の境目も若干変化していきます。
なぜ、文明サイクルが現れるの? ・・・「理由不明」「あるからあるのだ」では納得できない。
いろいろ仮説はありますが、文明サイクルが現れる機構ははっきり申し上げて、分かっておりません。

ここで、「理由は分からないが事実は厳然としてある」という事例は歴史的にみて枚挙に暇がありません。その典型はケプラーの法則(惑星の公転軌道に関する法則)にあります。

ケプラーは地動説を法則(=事実)として確立しました(17世紀初頭)が、その当時は「なぜ惑星が楕円軌道を描くのか」「なぜ面積速度が一定なのか」誰にも分かりませんでした。そしてその理由は、ニュートンが万有引力の法則を確立(17世紀末)するまで不明でした。つまり、ケプラーからニュートンに至る数十年間は「事実はあるが、そうなっている理由は分からない」という時代でした。「理由はあるのだが、誰もそれを知らない」時代だった訳です。

私どもは、文明法則史学が今日ちょうど「ケプラーからニュートンまでの時代」と同様の時期にあるのではないかと考えています。つまり、今日を「文明が法則性をもつことが分かり、実はそうなる理由はちゃんとあるのだが、誰もそれを知らない」時期だと捉えている訳です。そして、ニュートンと同様の役割を果たす学者が21世紀に登場することを期待しています。

あまり答になっていませんが、「理由がない」ことと「理由はあるが誰も知らない」ことには大きな相違があることだけはご理解いただければと思います。

科学技術が発達して人々の生活テンポが速くなった今、800年の周期性はそのまま訪れないのでは?
我々は800年の周期性を四季のように捉えています。四季のめぐりというのは人間の活動と関係なく訪れるわけで、800年周期もそのようなものと考えています。ところが、四季のめぐりは地球の公転と関係していますので、ロジカルにわかりやすいのですが、社会活動が四季と言われても納得がいかないのではないか、と思います。
この点についても「なぜ、文明サイクルが現れるの?」という質問に対する説明と同様に「なぜ四季のめぐりのように考えられるのか」についての学問的な考察が求められるわけです。
東西の情報伝達が頻繁になってきた今日においても東西の文明波は継続するのだろうか?
文明波というものは、東西の文明がそれぞれ持つ民の社会の生き方・考え方をベースとしており、情報伝達が頻繁になっても影響を受けにくいものと捉えています。例えば、東洋思想、イスラム教精神、キリスト教精神といったものは根深くて、それぞれの民族に根づいていますので、簡単には変わらないものと思います。
しかしながら、なぜそういえるのか、という部分については他の質問に対する説明にもあるとおり、この学問のさらなる発展を待つしかない、と考えているところです。
アジアから文明が興る前に、人類は地球環境問題で滅んでしまうのでは?
これは大変重要な視点だと思います。アジアからの新文明は、地球環境問題を解決する新文明になると考えています。しかしながら、それが勃興する時期が早いか、地球環境問題によって人類が滅びてしまうのが早いのか、どちらが早く訪れるか、ということだと思います。
現在が文明転換期にあたりますので、是非いち早く西洋から東洋への文明交代を成し遂げ、人類の滅亡を阻止しなければならないと思います。その部分については、我々の人為で変えられる部分ですから、この文明法則史学を発見した国民として、また東洋の中でいち早く西洋文明を経験し、その問題点も十分に味わった国民として、日本が先頭に立って、東洋文明へのシフトを起こしていかなければならないと思います。
 こういった観点からも、現在の日本や中国の経済発展を以て西洋から東洋へのシフトと捉えるのが間違いであることを追記しておきます。
これからアジアが高調期に入るようだが、放っておいても 日本の時代になるの?
そうではありません。東西文明の高調あるいは低調というのは、あくまでもその地域の環境に属する話であって、それを活かすことが出来るかどうかはそこに住む人の力にかかっています。
四季に喩えると、夏がやってきても家の中に閉じこもっていては活動できません。ましてや夏風邪を引いてしまってはどうしようもありません。
すなわち、高調期である環境が整っていても実際にそこにいる民が行動を起こさなければ、文明は起こってきません。これまでの歴史をみても、前回の西の高調期では、ギリシアが前半を担い、後半をローマが担いましたが、その地域でないところ、例えばドイツより東は全く文明の恩恵を受けていません。前回の東の高調期では、唐から宋にかけての中国や国風文化を作った日本、あるいはイスラム地域は興隆しましたが、それ以外の地域、例えば東南アジアなどは大した興隆がありませんでした。今回の西の高調期でも、イギリス・フランスは全般に渉って栄えましたが、スペイン・イタリアなどは、繁栄が限定されています。
日本は完全に西洋化して「西の文明」になってしまったような気がするけど・・・。
アメリカ大陸はもともと東洋文明の領域でした。ところが、北米に関しては、ヨーロッパ人の大量流入に伴い、西の文明に変わってしまいました。東西文明は土地だけに依るのではなく、そこに住む民によって変わってきます。そういった意味で日本が西洋化により「西の文明」になってしまう危険性を孕んでいることは確かです。
しかし、現時点では日本の中に本来の日本を取り戻そうという動きもみられることから、まだ「西の文明」になりきってはなく、その動きを新たな「東の文明」の興隆につなげていく必要があります。
新日本SSはもう誕生してるの? 本には1989年って書いてあったけど・・・。
結論から申し上げれば、未だ誕生していないという見解に訂正しております。

1989年(平成元年)頃には、「時代を象徴する人物の死去が社会心理を一新して次のSSの誕生をもたらす可能性がある」という根拠により、期待を込めて「a点宣言」を打ち出しました。しかし、現状は皆様もお察しの通りでありまして、求心力の源はまだありません。旧来の世界観に代わって国民的に共有できる新たな世界観やシステムも目にとまる状況にはありません。民主党への政権交代によっても未だa点の誕生は迎えていません。しかしながら、萌芽は見られます。アメリカSSがg点を迎えるであろう、2020~40年より早く日本の新しいa点をつくる必要があると考えます。

文明法則史学を学べる大学はどこにありますか?
残念ながら、現段階(2014年1月現在)では どこにもありません。

SSの研究等は 十分 学部の卒業論文のテーマになるだけのレベルをクリアしていると思いますので、将来、そうした研究室や学生が現れることを期待したいと思います。

「私達の大学・研究室で文明法則史学の卒業論文に取り組んでOK」というところがありましたら、ぜひご連絡いただきたいと思います。また将来的に、そうした研究室のリンク集ができればとも願っております。