文明法則史学 [文明800年周期説] は、人類の文明史すべてを研究対象とし、古今東西の歴史が示す盛衰パターンの共通性を明らかにしようとする歴史学です

文明法則史学の視座

4-1. 文明法則史学の文明観・歴史観

SSの盛衰パターンが個人の一生に類似している点から文明は一種の生命現象であると捉えることができ、「個人を一細胞とする生命体の行う生命活動が文明現象である」という認識が成立しうる。そして、SSから窺われる生命性やCCの数学的法則性から、文明現象は自然現象の一部だと捉えることができる。

こうした考察をふまえ、文明法則史学では文明現象について、ミクロなレベルでは人為現象としての側面が、マクロなレベルでは自然現象としての側面が、それぞれ強調される現象と認識している。すなわち、文明法則史学は生命論的文明観・歴史観をもつ歴史学である。

ここで、「生命」およびそれに関連する用語は抽象的で誤解を招きやすいので、今後、次の定義に従って各用語を使用していくことにする。

生命体 = 自己組織化(self organization)を行う集合体
自己組織化 = 様々な要素がつながり合って自ら秩序を創り出す営み
生命活動 = 生命体の行う様々な営み

4-2. 文明法則史学の視座の妥当性

今日、「歴史が生命性や法則性をもつ」と聞くと、大多数の人々は違和感や抵抗感を覚えるに相違ない。では、何故そう感じるのだろうか?
この問いに答えるためには、今日の社会一般に定着している社会観・歴史法則観について言及する必要があり、さらには、それらに多大な影響を及ぼした近代科学(特に近代物理学)の世界観・自然観・人間観に遡って考察せねばならない。

以下、近代科学および現代科学(特に現代物理学)の世界観・自然観・人間観の考察を通して、従来の社会観・歴史法則観の特性を捉えていく。歴史の生命性・法則性に対する違和感・抵抗感は、この考察を通してきっと払拭することができるであろう。そして、文明法則史学のもつ生命論的な視座が、現代科学の世界観・自然観・人間観との整合性に富む妥当性の高いものであることや、文明法則史学が偏狭なフィルターを通して捉える歴史学ではないことについてもご理解頂けるであろう。

4-2-1. 近代科学の世界観・自然観・人間観

近代科学は神・人間・自然を分離する世界観をもつキリスト教の影響下に発達し、次のような自然観・人間観をもっている。

  1. 原子論的自然観:
  2. 自然は不生不滅・不変不可分の究極的実体の寄せ集め的な集合体である。
    ・要素の生滅や変化は神のみが行い、要素自身の力で自己変容できない。
    ・ミクロな原因がマクロな結果をもたらす。

  3. 機械論的自然観:
  4. 自然界はアプリオリな絶対法則に従って振る舞う定常的な世界である。
    ・自然界は自己組織化能力をもたない。
    ・原因が確定すれば観測される結果は一義的に決定できる。

  5. 数学的自然観:
  6. 自然界は数学的な整然とした秩序をもつ。

  7. 人間と自然の分離:
  8. 人間は自然とは区別されるべき存在である。
    ・自然は絶対法則に従うが、
    自由意志に基づいて振る舞う人間は自然法則の支配を受けない。

4-2-2.近代科学と調和した社会観・歴史法則観

4-2-1に述べた近代科学特有の世界観・自然観・人間観からは、次のような社会観・歴史法則観が必然的に派生する。

人間社会は個人の寄せ集め的な集合体であり、社会現象の原因は個人の自由意志にある。ゆえに人間社会に地域・時代を超えた共通性は存在しえない。また、人間は自然から区別されるべき存在であって、自然法則の支配を受けない。ゆえに歴史に数学的法則は存在しえない。
すなわち、近代科学的世界観自然観人間観に立つと歴史の生命性・法則性否定される。

4-2-3. 現代科学による世界観・自然観・人間観の更新

生物進化論や20世紀に形成された現代科学(特に現代物理学)は近代科学の限界を示し、近代科学を包括する大きな体系を築き上げた。それと同時に、人類の自然に対する認識を深化させ、近代科学のそれを超える新たな世界観・自然観・人間観をもたらした。

  1. 原子論的自然観 → 階層的自然観
  2. 原子の内部構造発見、原子核崩壊の発見、粒子の対発生・対消滅の発見などにより、原子の「安定した絶対的基本粒子」というイメージは崩壊した。一方、対象とする世界の階層によって働く力に相違がみられることが明らかになった。(宇宙規模=重力、日常規模=電磁気力、原子核規模=「強い力」。)
    また、あるサイズの姿と相似性をもつ姿が、よりマクロな世界・よりミクロな世界に見られることが明らかになってきた(自己相似性=フラクタル)。
    このように、原子論的自然観 は 階層的自然観 へと置き換わりつつある。

  3. 機械論的自然観 → 進化論的自然観
  4. あらゆる種の生物が歴史的に変容を遂げてきたと唱えた生物進化論は一大センセーショナルを巻き起こしたが、今や相次いでそれを補強する事実が発見されている。また、一般相対性理論や素粒子論から導かれたビッグバン理論は、自然の総体である宇宙が進化してきたことを示した。いずれも、自然界が長い時間をかけて自己変容を遂げる性質・能力をもつことを明らかにした。
    このように、機械論的自然観 は 進化論的自然観 へと置き換わりつつある。

  5. 数学的自然観 → (継承)
  6. 「自然界は数学的な整然とした秩序をもつ」という自然観は、現代科学にそのまま継承されている。

  7. 人間と自然の分離 → 人間は自然の一部
  8. 生物進化論は人間もまた進化の産物であると唱えた。そして、現代生物学によるDNAの発見とDNAレベルの研究は、人間が紛れもなく諸生物の一員であることを示した。人間を自然と分離する必然性が失われた訳である。

4-2-4. 現代科学と調和した社会観・歴史法則観

4-2-3に述べた現代科学の世界観・自然観・人間観からは、次のような社会観・歴史法則観が不自然なく導かれる。

自然の一員である人間が自然界一般にみられる性質を示しても何ら不思議ではない。すなわち、多数の人間が自己組織化して生命体を形成することは可能であり、こうした生命体が個人の生涯と自己相似性を示す(→SS)可能性や、数学的法則性を示す(→CC)可能性は否定できない。
以上、現代科学的世界観自然観人間観に立つと歴史の生命性・法則性肯定される。文明法則史学の視座の妥当性は現代科学に求めることができる訳である。